2013/11/30

企業の社会的責任と自己循環論法(1)

確固とした土台(=理由)なく、
CSRは進められているのではないか
日本において(世界でもですが)、様々な企業が様々な形で企業の社会的責任(CSR)を実践しようとしていますが、その格闘の中で、企業が「CSRを実行する理由」を探しているという現状を感じています。

CSVやSustainabilityやインクルーシブビジネスやソーシャルビジネスやCSRマーケティングなど、様々な「CSR周縁概念」とも言える概念が出てくる中で、CSR本来の意味や目的が見えづらくなっている状況ですが、私自身のCSRの定義は以前の投稿で述べたとおり、自社の事業運営の各プロセスや結果において、あらゆるステークホルダーに与えるマイナスの影響をゼロに近づけていく責任であり、その上でプラスの影響をより大きくしていく責任、だと考えています。

そしてこれはあくまで社会が企業に求めているものであり、その責任を全うしていくインセンティブは企業の内側には本来無い、というのが私の考えることです。もちろん、企業側が頭をひねって、企業の利益にもなる社会的責任の果たし方を見つけることが出来た部分については、企業の内側からインセンティブが発生することになると思いますし、そういうものもたくさんあると思います。しかしそれらも定量的に成果を把握していくことは難しく、またやはり企業にとっては(少なくとも短期的、ないしは企業として考えうる現実的な期間は)コストという扱いにならざるを得ないものがあることも事実だろうと思います。

企業の内側にはそもそもインセンティブが無く、一方で社会に具体的な形で何かを求められているようには見えない場合、企業に「CSRを実行する理由が無い」のではないかと私は考えます。確かに、グローバルで見ると様々な企業がCSRへの取り組みをブランドの向上につなげており、そういった事例が無いわけではありませんが、全ての企業がそれを達成できるかというと疑問が残ります。そしてこの「理由が無い」という状況を正面から見据えて出発しない限り、企業の社会的責任が促進される効果的な方法は達成されないだろうと思うのです。

しかし、実際にはそのような中でも徐々にCSRという言葉が広がっていき、多くの企業が、良く分からないが取りあえず巷で言われているようなことをやってみようか、という形で取り組んでいるのが今の日本のCSRだと思います。つまり、理由は無いけどやっている。

この理由が無いけど何かが行われているという状況は、そもそもありえるのでしょうか?理由が無い中で行われているという状況は、安定的でしょうか、不安定的でしょうか。そして理由がない状況の中で、現状以上にCSRが深まっていく可能性はあるのでしょうか?これらの点について、もう少し考えを深めたいと思います。


2013/10/27

CSRを促進する社会の仕組み(2)

マスコミ業界によるBPOの設置は
業界全体でCSRを促進していく
取り組みと言える
放送倫理・番組向上機構(BPO)という組織がありますが、この組織も様々な業界に属する企業がCSRに取り組んでいくことを促進するヒントを提供しているように思います。

BPOのウェブサイト(http://www.bpo.gr.jp/)によると、BPOは以下のような組織です:

放送における言論・表現の自由を確保しつつ、視聴者の基本的人権を擁護するため、放送への苦情や放送倫理の問題に対応する、非営利、非政府の機関です。主に、視聴者などから問題があると指摘された番組・放送を検証して、放送界全体、あるいは特定の局に意見や見解を伝え、放送界の自律と放送の質の向上を促します。

BPOはNHKと民放連によって設置された第三者機関です。

※いずれもhttp://www.bpo.gr.jp/?page_id=912より

この機関について注目したい点は、この機関が「民間組織」によって「恒常的に」設置されたものであるということ、そして前回の記事と重なりますが、民間組織がステークホルダーとの対話の場を設定しようとするものであり、また業界全体でlevel playing fieldを構築しうる取り組みであるということです。


「民間組織」によって「恒常的に」設置された機関としてのBPO

前回のブラインドの安全対策に関する東京都とのイニシアチブと、BPOの違いは二点あります。一つはBPOが民間組織が自主的に設置したものであるということ、もう一つはBPO
が一時的な取り組みではなく、恒常的な組織として設置されたものであるということです。

後にもう少し詳しく述べますが、放送業界はBPOによってステークホルダーたる視聴者の意見を事業活動に取り入れ、自らの事業活動を改善していくための窓口としてこの機関を活用しようとしています。このブログで何度も述べている通り、民間組織が自らステークホルダーの意見を聞く場を設置することこそCSRの前提とも言えることであり、その作業なくしてCSRは成り立ちません。BPOを恒常的な組織として、ステークホルダーの意見が常に放送業界に伝わる仕組みとしていることは、まさしく放送業界によるCSRであり、他の業界が模範とすべき事例と言えるのではないかと考えています。


ステークホルダーとの対話の場としてのBPO

上述の通り、BPOは放送業界がステークホルダーたる視聴者の意見をBPOに協力するマスコミ各社に届けていく役割を担っています。BPOの飽戸理事長は、ウェブサイトでBPOの活動について以下の通り述べています

BPOは、視聴者の意見や苦情を真摯に聞き、独立した第三者の立場から放送倫理上の問題に対して的確に判断することが、活動基本として明確に決められています。

マスコミ各社は、大雑把に言えば番組を作って収益をあげるわけですが、その番組作りのプロセスが「適切」なものでなければ、時に他者の基本的人権を侵害するなどの問題が発生することがあります。例えば大きな殺人事件の被害者家族に対する執拗な取材によって精神的苦痛を与えることや、不確定な情報をベースにしたデマの流布、事実をゆがめる過剰演出などが場合によっては「不適切」な番組作りとなりえます。これらの問題をステークホルダーの意見から抽出し、放送の内容や番組作りに取り入れていくことが、マスコミ各社がBPOを通して行おうとしていることだと考えられます。BPOの規約などを熟読していないため詳細をしっかりと把握している訳ではありませんが、この理解が正しければ、やはりBPOはマスコミ各社による最も重要なCSR活動の一つだと言うことができると思います。一点追加することがあるとすれば、ステークホルダーを視聴者に限定せず、放送業界の活動に関わる全てのステークホルダーを取り込みうるものとしていくことができれば理想ではないかと思います。


業界全体でlevel playing fieldを構築しうる取り組みとしてのBPO

最後に注目したいのは、やはりこの機関が放送業界のlevel playing fieldを作り得るという点です。level playing fieldについてもこのブログの中で何度か触れていますが、やはり競争条件を整え、同じ業界内で競争する全組織が等しくコストを負担する状況を作っていくことは、一つ一つの企業がCSRをしっかりと果たしていく上で非常に重要です。マスコミ各社がBPOの提言を尊重し、各社が等しくそれを事業活動の中に取り入れていくことが出来るならば、BPOは放送業界のCSR促進における強力な仕組みだということができると思います。例えば先の殺人事件被害者家族の例えで言えば、殺人事件被害者に対する取材は各社個別では行わず、必ず被害者家族の同意を得た上で公式の場を設置し、そこで各社同時に行うこととする、などの条件が整えられれば、スクープを狙った過剰な取材競争が抑えられるなどの効果があるかもしれません。(放送業界の実情については全くの無知のため、イメージだけで書いておりますが)


あとは放送業界のBPOによって提言されたことを事業活動に取り入れていく制度やガバナンスを各社が持っているかどうかという点ですが、この点は恐らくまだ課題として残っているのではないかと思います。そういうインセンティブがあるかどうかは議論しなければなりませんが、いずれにしてもここを深めていければ、放送業界のCSRはまた一歩他の業界をリードしていくことになるのではないかと思います。

他の業界の業界団体もBPOのような機関を設置して、ステークホルダーの意見を各社で共有し、業界全体で事業活動を改善していく仕組みを持つことができれば、CSRが各業界で促進されていくことに繋がるのではないかと考える次第です。

2013/10/22

CSRを促進する社会の仕組み(1)

ネット上をうろうろしていたところ、興味深い記事がありました。

「ブラインド」で死亡事故 安全対策提言へ
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20131022/t10015466781000.html

この記事で示されている東京都のイニシアチブは、CSRを促進する社会の基本的なモデルといえるのではないかと思います。記事を読む限り、今回の対応の以下の点に着目することが非常に重要ではないかと思います。

社会としてCSRを促進する
仕組みを作る

メーカーや消費者団体などが意見を交わしている点
企業側が一方的な考えを述べるのでもなく、消費者側が一方的に企業を非難するのでもない、企業とステークホルダーが対話の場を設け、何が問題でどのような対策をとれるのか協議を行っている点が非常に重要だと思います。


医師や警察と連携して情報を共有する仕組みを作ろうとしている点
企業だけがCSRに取り組むのではその成果に限界があり、様々なステークホルダーや関係者が協働していく必要があります。今回のケースで医師や警察と情報共有を行っていくことは、現状の客観的で正確な把握や、より効果的な解決策の構築につながると思います。


全国統一の基準づくりも含めて検討している点
以前租税回避を巡る議論について書いた記事で述べたとおり、Level playing field(=公平な競争条件)の構築がCSRを促進する上で非常に重要になります。全国統一の基準作りを含めて検討しているとういことは、全国のメーカーがその基準に準拠したものづくりをするようにするということであり、正にLevel playing field構築を目指していることに他なりません。その後は輸入製品に対する規制なども検討されていくことになるのではないかと思います。


この3点をそれぞれ一般化すれば、ステークホルダーとの対話の場の設定関係プレイヤーを巻き込んだ社会全体での取り組みLevel playing fieldの構築の3点だと言えます。この3点が積極的に実行されるような仕組みづくりが、CSRを促進する社会を作っていく上で不可欠ではないかと考える次第です。

2013/09/08

社会的責任に関する報告書(3) マテリアリティに関する課題

前回の投稿で述べたとおり、会計上のマテリアリティIRとGRIのマテリアリティ、この両方のマテリアリティを認識していくことが今後のCSR報告書に求められています。

1つのコインの表と裏

この二つのマテリアリティ(会計上のそれと、IR/GRIのそれ)は必ずしも全く異なるものではなく、むしろ実は同じコインの表と裏に当たるものもあると思います。つまり、IRとGRIのマテリアリティにあたるものを改善していかなかった結果、財務パフォーマンスも悪化させることにつながるケースや、財務パフォーマンスを考慮して取り組んだ結果、他のステークホルダーの利益にもつながるケースが多いのではないかということです。


会計上のマテリアリティとIR/GRIのマテリアリティの関係には、図の単純なマトリックスで提示される4つのパターンが考えられます。

1. 会計上のマテリアリティであり、IR/GRIのマテリアリティでもあるもの
この領域は、これまで会計の観点からしか説明されて来なかったものであり、今後はサステナビリティの観点からもその重要性が説明されていく必要がある領域です。

2. 会計上のマテリアリティではないが、IR/GRIのマテリアリティであるもの
この領域は、これまで全く報告されて来なかったものです。投資家にとって重要な情報ではない可能性がありますが、ステークホルダーや前回投稿にも記載した広義のvalue creationに何らかの影響を与えうるものがこの領域に当たります。

3. 会計上のマテリアリティだが、IR/GRIのマテリアリティではないもの
この領域はこれまでの会計報告にて既に記載されてきたものであり、特に新しい対応は必要になりません。

4. 会計上のマテリアリティではなく、IR/GRIのマテリアリティでもないもの
この領域は重要性に欠けるため、報告する必要がありません。



やはり課題となるのは上記の1と2、特に会計上は認識されなくともIR/GRIにおいては認識される必要のある2の領域のマテリアリティです。この領域は基本的には投資家が関心を示さない領域であり、投資家以外のステークホルダーのための報告と言われても企業側としては不明瞭であり、企業活動の状況を精査して、精緻な情報を開示していくインセンティブが働きにくいと考えられます。ではどうすれば2の領域について企業が情報開示を積極的に行う状況を作れるでしょうか。


企業側が行うべきことは、2の領域について、本当は1の領域にカテゴライズされるべきものが含まれていないかを吟味すること。上述の通り、会計上のマテリアリティとIR/GRIのマテリアリティは同じコインの裏表であることも多く、会計上のマテリアリティかどうか一目には分かりにくくとも、例えば長期的に捉えた場合にそうなっている可能性があります。

そして社会の側が行うべきことは、読み手がいるということを明確にしていくこと。情報開示の内容について評価を行ったり、ステークホルダーの代表者としてのNGOなどが積極的に企業の報告書の内容を確認していくことで、2の領域についてもしっかりと情報開示を行う必要があるということを企業に示すことです。そういった形でステークホルダーが意思表示をしていくこと自体も企業側のインセンティブとなりますが、それと同時にそれらの意思表示がレピュテーションリスクなどと結びつき、結果的に2の領域を1の領域に押し上げていく可能性もあります。


こういった報告書のあり方を見ても、CSRは企業だけの努力ではなく、企業と社会の双方がある意味で恊働していくことで促進されていくものであることが感じられます。この点を考慮せずに企業の自助努力だけにCSRを任せていくのでは、真に持続可能な発展に資する企業活動にはなかなか到達しないのではないかと思う次第です。


2013/08/28

社会的責任に関する報告書(2) マテリアリティの重要性

社会的責任投資を行ううえで、企業側からの非財務情報の開示が不可欠であることは前回の記事で述べた通りです。しかし、これまで企業から発行されてきたCSRレポートなどが本当に投資判断を行ううえで有用な情報となっていたかというと、疑問を挟む余地が大きいように思います。その大きな理由の一つが、「マテリアリティが認識されていない」というものです。

会計上のマテリアリティ

「マテリアリティ(Materiality)」とは、本来会計上の概念で、「財務に重要な影響を及ぼす要因」のことを指します。この「マテリアリティ」の考え方が、CSR報告においても重要視されつつあります。

重要な情報=マテリアリティ
をしっかりと見極める
従来のCSRレポートの多くは、企業のCSR活動についてある程度網羅的に説明されてはいるものの、マーケティングの色が強く、また紹介されている活動の多くは本業と関係の無いか、本業の一部分だけを切り取ったものに終始していたのではないかと思います。しかし、これでは投資判断を行っていくうえで何が重要な情報なのかがはっきりしていない、すなわちマテリアリティが認識されていないため、投資家が使うには不都合なレポートになっているというのが現状です。

その意味で、企業のCSRへの取り組みが、どのような形で財務パフォーマンスに影響を及ぼすのかを明確にしていくことは、社会的責任投資が拡大していく上では一つの重要なポイントとなると考えられます。


一方で、CSRはあくまでステークホルダーの便益を考慮して経営のあり方を改善していくことであり、財務に重要な影響を及ぼす要因だけをCSR報告書に記載するのでは投資家以外のステークホルダーにとっての意味がなくなります。つまりCSR報告書においては、従来の財務報告書におけるマテリアリティよりも大きな意味でのマテリアリティを認識することが求められることになります。

IIRCとGRIではマテリアリティにそれぞれ独自の定義を与えた上で、サステナビリティレポートにおけるマテリアリティの重要性を指摘しています。

IRのマテリアリティ

IRの定義するマテリアリティは以下のとおりです:

"For the purposes of <IR>, a matter is material if it is of such relevance and importance that it could substantively influence the assessments of providers of financial capital with regard to the organization’s ability to create value over the short, medium and long term."

前回の記事でも紹介したとおり、IRの言う"Value"とは、企業価値などの狭い意味でのvalueではなく、"outputs and outcomes that, over the short, medium and long term, create or destroy value for the organization, its stakeholders, society and the environment"つまり、株主を含むステークホルダー、社会、環境にとっての幅広い価値を意味しています。この非常に広い意味での価値創造につながるものをマテリアリティとして報告する必要がある、逆に言えばそれ以外の余計なことは報告するべきではないとIRは指摘しています。

GRIのマテリアリティ

GRIの定義するマテリアリティは以下のように説明されています:

"Materiality for sustainability reporting is not limited only to those sustainability topics that have a significant financial impact on the organization. Determining materiality for a sustainability report also includes considering economic, environmental, and social impacts that cross a threshold in affecting the ability to meet the needs of the present without compromising the needs of future generations.(中略)The threshold for defining material topics to report should be set to identify those opportunities and risks which are most important to stakeholders, the economy, environment, and society, or the reporting organization, and therefore merit particular focus in a sustainability report."

IRでは価値という言葉を使っているのに対し、GRIは必ずしも価値という言葉を使っていませんが、経済的なインパクトに限らず、幅広いステークホルダーへのインパクト全般について提示することが必要であると述べている点ではIRもGRIも共通していると言うことが出来ます。


会計上のマテリアリティIRとGRIのマテリアリティ、この両方のマテリアリティを認識していくことが今後のCSR報告書に求められています。そしてこれらを考慮した報告書を作成する上では、企業は結局のところ行動も変えていかなければならず、GRIやIRがCSR報告書のスタンダード作りに腐心している背景には、それらのスタンダードが最終的には企業行動を責任あるものに変えていくと考えられていることがあります。


今回CSR報告書におけるマテリアリティの重要性について考えましたが、それが今後浸透し、実践されていく上でどのような課題があるのか、次回の投稿で考えてみたいと思います。


2013/08/02

社会的責任に関する報告書(1) IIRCとGRI

どのような情報開示が
求められているのか
現在私は社会的責任投資の投資家向け調査を行う企業で働いておりますが、社会的責任投資が発展していく上で重要なポイントとなるのが、企業の情報開示です。

社会的責任投資は財務情報に加えて非財務情報の分析も踏まえて投資の意思決定を行うため、企業活動に関する幅広い情報の開示が行われて初めて可能になります。この情報開示のグローバルスタンダード作りを試みている非営利組織が2つあります。International Integrated Reporting Council(IIRC)とGlobal Reporting Initiative(GRI)です。

両者が何を目指しているのかを再確認し、今後の企業の情報開示に何が求められるのかを考察したいと思います。


IIRCが目指しているもの

IIRCはIntegrated Report(統合レポート)のフレームワーク作成を目的とした組織です。これまでのCSR報告書は財務会計報告書とは全く別に作られ、2つの報告書の関連性はほとんどありませんでしたが、IIRCはこの2つの報告書を文字通り統合し、相互の関連性が明確となるようなレポートのフレームワーク(=International IR Framework)を作ろうとしています。IR Frameworkには統合レポートの目的が以下の通り書かれています:

"<IRaims to:
Catalyse a more cohesive and efficient approach to corporate reporting that communicates the full range of factors that materially affect the ability of an organization to create value over time, and draws together other reporting strands
Inform the allocation of financial capital that supports value creation over the short, medium and long term
Enhance accountability and stewardship with respect to the broad base of capitals (financial, manufactured, intellectual, human, social and relationship, and natural) and promote understanding of the interdependencies between them
Support integrated thinking, decision-making and actions that focus on the creation of value over the short, medium and long term."

ざっくりと訳すと、IRの目的として以下の4点が挙げられています:
  • 組織の価値創造能力に重要な影響を与える幅広い要素を伝える企業報告の、よりまとまりのあり効率的なアプローチを促進させる。
  • 短中長期の価値創造をサポートする金融資本の配分に関する情報を提供する。
  • 資本の広義の概念(金融資本、製造資本、知的資本、人的資本、社会及び関係資本、自然資本)を尊重した説明責任と受託責任を強化し、それぞれの資本の相互の関連性への理解を促進する。
  • 短中長期における価値の創造に焦点を当てた統合的な思考・意思決定・行動をサポートする。
広義の資本の概念も面白いですが、より重要なポイントは価値創造に焦点を当てている点です。IIRCのIR frameworkは、様々な要素(主には上述の各資本)がどのように関連し合って価値の創造(=Value creation)に繋がっているかを示すためのフレームワークだと言えます。問題は何をもって価値とするかです。IIRCはIR Frameworkにおける「価値(Value)」を以下の通り説明しています:

"Value is created through an organization’s business model, which takes inputs from the capitals and transforms them through business activities and interactions to produce outputs and outcomes that, over the short, medium and long term, create or destroy value for the organization, its stakeholders, society and the environment."

価値を経済的な価値や金融的な意味での価値に限定せず、幅広くステークホルダー、社会、環境にとっての価値として捉えていることが分かります。また短中長期の全てにわたっての価値であることも強調されています。


GRIが目指しているもの

GRIはサスティナビリティ報告書作成のためのガイドラインであるSustainability Reporting Guidelinesを作成しており、今年その第4版(G4)が発表されました。G4の目的は以下のように書かれています:

"The aim of G4, the fourth such update, is simple: to help reporters prepare sustainability reports that matter, contain valuable information about the organization’s most critical sustainability-related issues, and make such sustainability reporting standard practice."

こちらもざっくりと訳せば、G4の目的は以下の三つということだと思います
  1. 報告者が意味のあるsustainability reportを作成することを助ける
  2. 組織のサスティナビリティに関連する論点の中で最も重要なものが情報としてreportに含まれるようにする
  3. Sustainability reportの作成が普通の習慣になるようにする
尚、GRIが主張するサスティナビリティは、ウェブサイト上で"economic, environmental and social sustainability"と説明されています。GRIの目指すガイドラインは、あくまでこのサスティナビリティに関する報告書を作成するためのガイドラインだと言えます。


IIRCとGRIは、基本的には大雑把にはいずれも企業の社会的責任に関するレポートのフレームワークないしはガイドラインを作成することを目指していると言えると思いますが、その目指す所を具体的に表現した言葉は異なっています。既に両者は報告書のスタンダード作りで連携していくことを確認し合っているため、今後は二つのスタンダードのすり合わせが進むものと思います。

次の記事で両者の違いと共通点を浮かび上がらせる「マテリアリティ」という概念について見ていきたいと思います。


2013/07/29

日本企業の経営倫理とCSR

日本企業のCSRを巡る議論において、自社の持つ経営理念や、日本が昔から持つ商売人としての倫理観(近江商人の三方よしの考え方、渋沢栄一の論語と算盤、松下幸之助の経営哲学など)を振り返り、日本企業は昔からCSRを行ってきた、その原点に戻ろう、という議論が良く聞かれます。

本当に同じものを比べているか、
吟味する必要がある。
これらの考え方はそれぞれの立場から「社会」というものを意識した経営・商売の重要性を指摘してきたものだと思います。日本企業がこれらの日本企業の原点とも呼べるものを無視して企業経営を行うと、いずれ構造矛盾を生む可能性があり、これらの概念が根底に流れていることを認識することは企業経営において重要なことの一つだろうと思います。しかし、これらの概念や考え方が生まれてきた背景と現代社会の状況との相違点と共通点を熟慮することなく、自社や日本企業の伝統に思いを馳せ、短絡的に過去の考え方に戻り、しかもそれを「CSR」として認識することは、CSRの本質を見誤らせるのではないかと考えています。

丸山真男が「日本の思想」の中で、日本人の思想継起の仕方についてこのように述べています。

伝統思想がいかに日本の近代化、あるいは現代化と共に影がうすくなったとしても、それは(中略)私達の生活感情や意識の奥底に深く潜入している

過去は自覚的に対象化された現在の中に「止揚」されないからこそ、それは言わば背後から現在の中にすべりこむ

新たなもの、本来異質的なものまでが過去との十全な対決なしにつぎつぎと摂取されるから、新たなものの勝利はおどろくほどに早い。過去は過去として自覚的に現在と向き合わずに、傍におしやられ、あるいは下に沈下して意識から消え「忘却」されるので、それは時あって突如として「思い出」として噴出することになる。

丸山真男の指摘をよりわかりやすく言うとこういうことになります。

これまでAという考え方が常識であったのに対し、Bという考え方が現代的だと言われるようになり始めた。ここで日本人は、AとBはどのように異なり、どのような理由でBを取り入れていくべきなのか、AとBを統合したり並立したりする方法はないのか、などの検討を行うことなく、Bに飛びつく傾向がある。その結果、Aは一旦忘れ去られるのだが、明晰な思考を通じてAを棄却したわけではないため、Aは日本人の根底に残る。そしてふとした時にAというものもあった、実はAも良いのではないか、と言い始めることがある

これらは日本人の思想継起の特徴(というより問題点)として丸山真男が指摘しているものですが、まさにこの指摘が日本でのCSRを巡る議論にも当てはまるのではないかと考えています。

過去に日本型資本主義の精神の一つであったと思われる「三方よし」などの考え方は、いつしか日本人の無意識下に取り込まれました。その後CSRという概念がしっかりと吟味されること無く取り入れられますが、何をしたら良いのかよく分からない状態が続きます。そしてふとした瞬間に、無意識下にあった過去の概念がCSRに似ているのではないかとして、今になって思い出されたという捉え方です。

過去の三方よしなどの考え方とCSRは、確かに似ている部分もあるかもしれませんが、全てが合致するわけでは無いと思います。まずは過去の概念や経営理念が何を意味していたのかを正確に把握すること、次にCSRにおいて何が求められているのかを再確認すること、その上で両社の相違点と共通点を明確化し、何を過去の伝統の一部とし、何を新たな取り組みとするのかを認識し直すこと。これらのステップを踏むこと無しに、単純に我が社は過去からCSRに取り組んできましたと声高に言うことは、丸山真男の指摘する日本人の思想継起における問題の繰り返しそのものと言えるのではないかと思います。

自社の過去からの経営理念をベースにCSRを主張する企業があった場合には、その主張がしっかりとした議論を踏まえたものとなっているかを確認する必要があるのではないかと考える次第です。