2013/08/28

社会的責任に関する報告書(2) マテリアリティの重要性

社会的責任投資を行ううえで、企業側からの非財務情報の開示が不可欠であることは前回の記事で述べた通りです。しかし、これまで企業から発行されてきたCSRレポートなどが本当に投資判断を行ううえで有用な情報となっていたかというと、疑問を挟む余地が大きいように思います。その大きな理由の一つが、「マテリアリティが認識されていない」というものです。

会計上のマテリアリティ

「マテリアリティ(Materiality)」とは、本来会計上の概念で、「財務に重要な影響を及ぼす要因」のことを指します。この「マテリアリティ」の考え方が、CSR報告においても重要視されつつあります。

重要な情報=マテリアリティ
をしっかりと見極める
従来のCSRレポートの多くは、企業のCSR活動についてある程度網羅的に説明されてはいるものの、マーケティングの色が強く、また紹介されている活動の多くは本業と関係の無いか、本業の一部分だけを切り取ったものに終始していたのではないかと思います。しかし、これでは投資判断を行っていくうえで何が重要な情報なのかがはっきりしていない、すなわちマテリアリティが認識されていないため、投資家が使うには不都合なレポートになっているというのが現状です。

その意味で、企業のCSRへの取り組みが、どのような形で財務パフォーマンスに影響を及ぼすのかを明確にしていくことは、社会的責任投資が拡大していく上では一つの重要なポイントとなると考えられます。


一方で、CSRはあくまでステークホルダーの便益を考慮して経営のあり方を改善していくことであり、財務に重要な影響を及ぼす要因だけをCSR報告書に記載するのでは投資家以外のステークホルダーにとっての意味がなくなります。つまりCSR報告書においては、従来の財務報告書におけるマテリアリティよりも大きな意味でのマテリアリティを認識することが求められることになります。

IIRCとGRIではマテリアリティにそれぞれ独自の定義を与えた上で、サステナビリティレポートにおけるマテリアリティの重要性を指摘しています。

IRのマテリアリティ

IRの定義するマテリアリティは以下のとおりです:

"For the purposes of <IR>, a matter is material if it is of such relevance and importance that it could substantively influence the assessments of providers of financial capital with regard to the organization’s ability to create value over the short, medium and long term."

前回の記事でも紹介したとおり、IRの言う"Value"とは、企業価値などの狭い意味でのvalueではなく、"outputs and outcomes that, over the short, medium and long term, create or destroy value for the organization, its stakeholders, society and the environment"つまり、株主を含むステークホルダー、社会、環境にとっての幅広い価値を意味しています。この非常に広い意味での価値創造につながるものをマテリアリティとして報告する必要がある、逆に言えばそれ以外の余計なことは報告するべきではないとIRは指摘しています。

GRIのマテリアリティ

GRIの定義するマテリアリティは以下のように説明されています:

"Materiality for sustainability reporting is not limited only to those sustainability topics that have a significant financial impact on the organization. Determining materiality for a sustainability report also includes considering economic, environmental, and social impacts that cross a threshold in affecting the ability to meet the needs of the present without compromising the needs of future generations.(中略)The threshold for defining material topics to report should be set to identify those opportunities and risks which are most important to stakeholders, the economy, environment, and society, or the reporting organization, and therefore merit particular focus in a sustainability report."

IRでは価値という言葉を使っているのに対し、GRIは必ずしも価値という言葉を使っていませんが、経済的なインパクトに限らず、幅広いステークホルダーへのインパクト全般について提示することが必要であると述べている点ではIRもGRIも共通していると言うことが出来ます。


会計上のマテリアリティIRとGRIのマテリアリティ、この両方のマテリアリティを認識していくことが今後のCSR報告書に求められています。そしてこれらを考慮した報告書を作成する上では、企業は結局のところ行動も変えていかなければならず、GRIやIRがCSR報告書のスタンダード作りに腐心している背景には、それらのスタンダードが最終的には企業行動を責任あるものに変えていくと考えられていることがあります。


今回CSR報告書におけるマテリアリティの重要性について考えましたが、それが今後浸透し、実践されていく上でどのような課題があるのか、次回の投稿で考えてみたいと思います。


2013/08/02

社会的責任に関する報告書(1) IIRCとGRI

どのような情報開示が
求められているのか
現在私は社会的責任投資の投資家向け調査を行う企業で働いておりますが、社会的責任投資が発展していく上で重要なポイントとなるのが、企業の情報開示です。

社会的責任投資は財務情報に加えて非財務情報の分析も踏まえて投資の意思決定を行うため、企業活動に関する幅広い情報の開示が行われて初めて可能になります。この情報開示のグローバルスタンダード作りを試みている非営利組織が2つあります。International Integrated Reporting Council(IIRC)とGlobal Reporting Initiative(GRI)です。

両者が何を目指しているのかを再確認し、今後の企業の情報開示に何が求められるのかを考察したいと思います。


IIRCが目指しているもの

IIRCはIntegrated Report(統合レポート)のフレームワーク作成を目的とした組織です。これまでのCSR報告書は財務会計報告書とは全く別に作られ、2つの報告書の関連性はほとんどありませんでしたが、IIRCはこの2つの報告書を文字通り統合し、相互の関連性が明確となるようなレポートのフレームワーク(=International IR Framework)を作ろうとしています。IR Frameworkには統合レポートの目的が以下の通り書かれています:

"<IRaims to:
Catalyse a more cohesive and efficient approach to corporate reporting that communicates the full range of factors that materially affect the ability of an organization to create value over time, and draws together other reporting strands
Inform the allocation of financial capital that supports value creation over the short, medium and long term
Enhance accountability and stewardship with respect to the broad base of capitals (financial, manufactured, intellectual, human, social and relationship, and natural) and promote understanding of the interdependencies between them
Support integrated thinking, decision-making and actions that focus on the creation of value over the short, medium and long term."

ざっくりと訳すと、IRの目的として以下の4点が挙げられています:
  • 組織の価値創造能力に重要な影響を与える幅広い要素を伝える企業報告の、よりまとまりのあり効率的なアプローチを促進させる。
  • 短中長期の価値創造をサポートする金融資本の配分に関する情報を提供する。
  • 資本の広義の概念(金融資本、製造資本、知的資本、人的資本、社会及び関係資本、自然資本)を尊重した説明責任と受託責任を強化し、それぞれの資本の相互の関連性への理解を促進する。
  • 短中長期における価値の創造に焦点を当てた統合的な思考・意思決定・行動をサポートする。
広義の資本の概念も面白いですが、より重要なポイントは価値創造に焦点を当てている点です。IIRCのIR frameworkは、様々な要素(主には上述の各資本)がどのように関連し合って価値の創造(=Value creation)に繋がっているかを示すためのフレームワークだと言えます。問題は何をもって価値とするかです。IIRCはIR Frameworkにおける「価値(Value)」を以下の通り説明しています:

"Value is created through an organization’s business model, which takes inputs from the capitals and transforms them through business activities and interactions to produce outputs and outcomes that, over the short, medium and long term, create or destroy value for the organization, its stakeholders, society and the environment."

価値を経済的な価値や金融的な意味での価値に限定せず、幅広くステークホルダー、社会、環境にとっての価値として捉えていることが分かります。また短中長期の全てにわたっての価値であることも強調されています。


GRIが目指しているもの

GRIはサスティナビリティ報告書作成のためのガイドラインであるSustainability Reporting Guidelinesを作成しており、今年その第4版(G4)が発表されました。G4の目的は以下のように書かれています:

"The aim of G4, the fourth such update, is simple: to help reporters prepare sustainability reports that matter, contain valuable information about the organization’s most critical sustainability-related issues, and make such sustainability reporting standard practice."

こちらもざっくりと訳せば、G4の目的は以下の三つということだと思います
  1. 報告者が意味のあるsustainability reportを作成することを助ける
  2. 組織のサスティナビリティに関連する論点の中で最も重要なものが情報としてreportに含まれるようにする
  3. Sustainability reportの作成が普通の習慣になるようにする
尚、GRIが主張するサスティナビリティは、ウェブサイト上で"economic, environmental and social sustainability"と説明されています。GRIの目指すガイドラインは、あくまでこのサスティナビリティに関する報告書を作成するためのガイドラインだと言えます。


IIRCとGRIは、基本的には大雑把にはいずれも企業の社会的責任に関するレポートのフレームワークないしはガイドラインを作成することを目指していると言えると思いますが、その目指す所を具体的に表現した言葉は異なっています。既に両者は報告書のスタンダード作りで連携していくことを確認し合っているため、今後は二つのスタンダードのすり合わせが進むものと思います。

次の記事で両者の違いと共通点を浮かび上がらせる「マテリアリティ」という概念について見ていきたいと思います。