2013/04/26

CSRのプレイヤーとそれぞれの役割

これまで何度か政府がCSR促進に何らかの役割を果たせる可能性について触れてきましたが、政府も含めて、CSR促進においてどのようなプレイヤーがいてどのような役割を果たせるのかを改めて整理しようと思い、ブレストのために添付のようなツリーを作りました。

真ん中で囲われた部分が、CSRについて考える際に通常認識される領域だと思います。つまり「企業はどのようにCSRを果たしていけるか」という観点です。最終的には企業が対応することが必要なため、当然ですがこの囲われた部分について考えていくことが一番重要なのですが、実際には企業が対応していくように促すことが出来るプレイヤーが企業の周りに存在しており、それぞれが様々な方法でCSR促進に関与できるように思います。欧州の動きを見ていると、かならずしも連携はしていないものの、各プレイヤーのそれぞれがCSR促進に積極的な役割を演じようとしていることが伺えます。

前回の投稿でEU委員会の掲げるCSR政策について触れましたが、EUは現時点では積極的な規制を作るというよりは、ガイドラインの策定や公共調達、ベストプラクティスの事例の提示などを行うことでCSRを促進しようとしています。CSR報告の義務付けやその内容の厳格化など、規制を強化すべきだという声も上がっているようですが、規制に対しては産業界の反発もあり、現在は慎重という話を聞いたことがあります。

また前々回に少し紹介したPRI(Principles for Responsible Investment)やSSEI(Sustainable Stock Exchanges Initiative)も、国連と金融機関や証券取引所が連携してCSRを促進していこうとしている事例に当たると思います。

今後このツリーの精度を高めつつ、各プレイヤーの活動やイニシアチブ、プレイヤー同士の連携の可能性などについて具体的に見ていきたいと思います。

2013/04/10

政府はCSRを促進する役割を発揮できるか?(2)

CSRが注目されていることの背景に企業がその影響力を強めているということと、(グローバル化やロビー活動などによって)政府が効果的な政策を打てなくなってきている状況があるということを見てきましたが、その状況でも積極的にCSRを促す役割を担おうとしているのが欧州政府です。EUでは欧州委員会が新CSR戦略というものを打ち出し、彼らが既に設定しているEU2020という成長戦略における政策目標達成の為の重要なツールとしてCSRを促進していこうとしています。(EU2020: http://ec.europa.eu/europe2020/index_en.htm)

先日、PRI(Principles for Responsible Investment)とICGN(International Corporate Governance Network)が主催したパネルディスカッション"ESG in perspective: Realities of integration and priorities for reform"に参加してきました。そのパネルディスカッションの内容も面白かったのでまた改めて考察したいのですが、パネルディスカッションの前にEuropean Commission(欧州委員会)のロンドン代表部担当者が、EUのCSR政策が何を目指しているかについて、簡単なスピーチをしていました。彼が特にポイントとしていたのはEUによるCSRの定義です。

CSRの定義の投稿にて述べた通り、現在のEUによるCSRの定義は"The responsibility of enterprises for their impacts on society"です。これは2011年10月に策定された欧州の新CSR戦略である"A renewed EU strategy 2011-14 for Corporate Social Responsibility"にて設定された定義です。実はEUはそれまで別のCSRの定義を設定していました。それがこちらです:

“a concept whereby companies integrate social and environmental concerns in their business operations and in their interaction with their stakeholders on a voluntary basis”(企業が社会及び環境への配慮を事業運営とステークホルダーとの対話に自主的に統合するという概念)

これは2001年にEU委員会が発表した"Promoting a European framework for Corporate Social Responsibility"というグリーンペーパーの中で言及されたものです。このグリーンペーパーの目的はCSRをEUの政策目標達成の為に活用する可能性についての議論を喚起し、CSR促進のための新たな枠組み作りのイニシアチブを立ち上げることにありました。このグリーンペーパーを皮切りに、EU委員会はCSR促進の為に積極的な役割を演じてきました。

CSRの定義の変更は、EUとして今後更にCSR促進に立ち入って行くことを暗に示していると言えます。ポイントはこれまでの定義にあった"on a voluntary basis"という文言が取り除かれた点です。新たな定義を設定した新CSR戦略においても、EU委員会は依然として"The development of CSR should be led by enterprises themselves"としていますが、同時に政府は政策や規制によってそれを支援すべき("Public authorities should play a supporting role")だとしています。つまり、以前までのようにCSRは企業の自主的な取り組みによって行われるものだ、という考え方ではなく、政府がそれを支援しうるものだという考え方にシフトしたということです。

このEUの新CSR戦略を読むと、支援という言葉を使ってはいますが、実際には相当積極的に政府がイニシアチブをとってCSRを促していく方向にあるように感じます。今後も議論が続くでしょう。ちなみに、日本でも経済産業省が政策としてCSRを促進していくべく議論を始めています。(経済産業省: http://www.meti.go.jp/policy/economy/keiei_innovation/kigyoukaikei/index.html)
経産省のウェブサイトを読む限りですが、EUを手本と捉えた場合に考えられる現在の日本のCSR政策の課題として以下があるように思います:
  1. 明確な政策目標の設定 → CSRの位置づけを定めるべく、EU2020のように、まずどこに向かうのかを明確にする必要があります
  2. CSRの定義の明確化 → BOPビジネス、ソーシャルビジネスなどの概念とCSRを混同すると政策を見誤る可能性があります
まだまだ不勉強ですが、世界各国・各地域の政府がCSR促進にどの様な役割を演じていくのか、引き続き注視して行きたいと思います。

2013/04/06

政府はCSRを促進する役割を発揮できるか?(1)

少し前の話ですが、2月にtomorrow's companyというシンクタンクが主催した、”Sustainable Capitalism and the transition to a low-carbon economy”と題されたパネルディスカッションのイベントに参加してきました。パネルディスカッション後、ある社会的責任投資の調査会社のリサーチャーが質問をしていました。

「CSRを積極的に実行している企業が中長期的にみて優良な投資対象となると考えられてきた背景の一つとして、今後政府が温暖化ガスの排出や水資源の利用に関連する規制を設定するようになるという観測があった。しかし、私は15年間それらの企業のリサーチを行ってきたが、企業の活動に決定的な影響を与えるような規制は作られて来なかった。それでも引き続き政府の規制や行動を意識して、持続可能な社会発展に沿った企業活動に投資をしていくべきなのだろうか?」

これに対し、パネルの一人、Aviva InvestorのChief Responsible Investment OfficerであるSteve Waygood氏が以下のような回答をしていました。

「Stern Reviewを引用すると、Climate Changeは市場の失敗の最たるものだ。市場の失敗は政府がこれを是正することが必要だが、政府がそれらの規制を作っていくことは今後も難しいだろう。グローバル化が進む中で現在のガバナンスのシステムはそれに適切に対応できるものになっていない。また産業界や金融界は積極的なロビー活動を展開していることもあって、政府が彼らにとって不利な規制を積極的に作っていくことは簡単ではない。ロビー活動の透明性を高めて行くことが重要だ。」

政府は役割を発揮できるか
Waygood氏が述べる通り、政府が発揮できる役割は著しく制限されているのが実態だろうと思います。以前も書きましたが、様々な場面で各国政府の国際的な協調政策が必要とされていますが、環境問題等を中心として中々妥結点を見出すことができていません。また企業の積極的なロビー活動は様々な所でそのあり方が問われており、昨年の10月にベルリンで実施されたCSR Conferenceでも、パネルの議題の一つとして取り上げられていました。映画「インサイド・ジョブ」でも、金融機関が過剰なリスクを取り、リーマンショックが引き金となって世界が不況に陥るまでの流れの中で、金融機関がロビー活動を通じて政府に影響を及ぼしていた様子について触れられていました。企業によるロビー活動は日本では大きく取り上げられることは好くないですが、欧米では極めて積極的に行われているようです。

Waygood氏はUN PRIを策定した専門家チームの一員であり、また国連が主導するSustainable Stock Exchange Initiativeの立ち上げにも関わっていました。質問に対する彼の回答と、彼の経歴を結びつけてみて感じることは、彼は恐らく政府からインセンティブを与えていくことに限界を感じており、企業がCSRに取り組むインセンティブを社会的責任投資や証券取引所が上場企業に対して課する条件を通じて与えようとしているのではないか、ということです。

Waygood氏の真意は分かりませんが、彼の発言もしっかりと踏まえつつ、引き続き企業がCSRに取り組むインセンティブについて考えていきたいと思います。

2013/04/01

CSR競争時代とCSRの終着点

今英国はイースターの連休中です。時間が少しあったので、過去のメールを整理していたところ、社会人2年目の頃、会社でCSRについて考えていることを社内イントラ用にレポートするという役目がまわってきた際の下書きが出てきました。私がCSRについて強い問題意識があるからまわってきたということではなく、暇そうな若手に書かせようということだったのだと思います。A4で2ページ程度で、自分が日々の業務においてどのようにCSRを意識しているかを書くようなレポートだったのですが、せっかく書くのなら新しい視点をと思い、最後に以下のような結論を加えました。

社会は CSR を伴わない企業活動を認めなくなってきており、今後更なる企業努力が求められることは必至だろう。 CSR 競争時代とも言うべき時代の到来を感じる。この時代においては、(中略)既に確立されている CSR の次元を超えて、新しい CSR の基準を作り出していくことで社会をより良いものにしていくことこそ企業が社会に対して負うべき本当の責任であり、その責任を意識した事業活動を続けることこそが企業自身の持続可能な発展につながると考える次第である。

当時は特に根拠もなく、思ったことや少し考えたことを素直に書いていただけなのですが、CSRについての理解が当時よりはもう少し深まった今、上記の結論部分について、もう一度考えてみたいと思います。


CSR競争時代

互いを高め合うCSR競争と
そのためのインセンティブが必要
社員一人一人への浸透については課題が残りますが、多くの大企業が役員をCSRのトップとして任命し、経営と直結させた形でCSRに取り組もうとしています。また多くのCSR担当者が国内外の同業他社がどの様な取り組みを行っているかを見て、自社が他社に対して遅れをとっていないかを日々チェックしています。「CSR競争時代」という表現はやや大袈裟かもしれませんが、社会からの企業への要請はとどまることはなく、今後も企業はCSRの新しい取り組みをまさしく競うように進めているのではないかと思っています。もちろん、この競争が盲目的に行われるのでなく、前回の投稿に書いたような全体知や現実を見失うことなく、効果的且つ持続可能な形で実行されて行くことが重要なのは言うまでもありません。「社会的責任投資の調査会社の格付けが下がった」、「同業の他社は当社よりも良い格付けがついている」、「以前まで組み込まれていたSustainability indexから当社が外された」、「他社はこんなことをしている、当社もやるべきだ」など、目に見える評価や数値などは目立ちやすく気になりますが、実際のところ、多くの企業にとってこれらの調査機関の調査結果などが自社の事業に致命的なインパクトを与えるほどの影響力を持っているとは現状では考えづらいです。またこれらの調査結果の評価を上げたり、他社と同様の活動を行うことが目的化することも問題です。企業は競合他社の活動や調査機関の評価を参考としつつも、結局は自社が本当に取り組まなければならないことは何かということを考えて行動することが必要ですし、社会は企業のCSR競争がより良い効果をもたらしていくようなインセンティブを与える仕組みを持つことが必要でしょう。それらの結果、互いを高め合いながらポジティブな影響を社会に与えていく、健全なCSR競争の環境が整えばと思う次第です。


CSRの終着点

自ら範を垂れ、他社や関係者を巻き込んで
新しい基準を作る「CSRの終着点」
当時私が担当していた仕事では、オペレーション上の温暖化ガスの排出量を社内で報告していました。特に問題となる排出量ではありませんでしたが、報告することが求められていたこともあり、何か排出量を減らす良い方法はないものか、実践的なアイディアが出てくれば是非実行していこうと意気込んで色々と考えるようになりました。しかし、考えた結果出てきたのはインフラが整備されていないために実現不可能な方法や、競合他社が負っていないコストを自社だけが負うことになる方法ばかりであり、その時に初めて「自社だけがCSRに取り組むのでは成果に限界がある」ということを感じるようになりました。そのような状況の中でどうすれば最大限の成果を残すCSRを実践することが出来るのか、その疑問に対し私が出した結論が「既に確立されている CSR の次元を超えて、新しい CSR の基準を作り出していくこと」でした。CSRには企業にしか分からないことがたくさんあります。サプライチェーンの何処にどの様なリスクがあり、どう対応すれば社会に与えるマイナスの影響を減らすことが出来るのか、具体的なことは当事者である企業が一番良く分かります。企業が自ら問題点を認識し、可能ならば自ら対応して範を垂れてその対応をスタンダードとして社会に認知させてしまうこと、単体で対応出来ないのならば業界全体で取り組むことを呼びかけること、更には政府にも働きかけて新たな基準や規制を作るために協力することは、企業のCSR活動の次元を一つ押し上げる可能性を持っています。自社が出来る範囲で一つ上のレベルのCSRに取り組んで模範となることで新たなスタンダード作りの先陣を切り、またそれで終わるのではなく他社や関係者を巻き込んで新しいルール作りに積極的に取り組むことでより大きな成果を生む可能性を広げていくこと、これがCSRの終着点ではないかと思います。


しかしここでもやはり問題になるのが、そのような活動を企業が積極的に行っていくインセンティブはあるのかという点です。今世界各地で行われているCSR促進に向けた取り組みは、まさしくこのインセンティブをどう与えるのか、またはどこにインセンティブを見出すのかということを真剣に考え、試行錯誤を繰り返しているプロセスであると言えます。これらの点について、今後の投稿で少しずつ議論を展開していきたいと思います。